インストラクター紹介

​産後セルフケアインストラクター

 

吉岡 マコ

1998年〜

NPO法人マドレボニータ代表。1998年3月に出産し、産後の心身の辛さを体験。母となった女性の健康をサポートする制度もサービスも日本にはないことを知る。産後ケアの必要性が重視されておらず、産後の心身の状態を知らずに出産する(させる)ことのリスクが重視されていないこの社会に違和感を感じる。同年9月に「産後のボディケア&フィットネス教室(現名称:産後ケア教室)」を立ち上げ。

​2011年〜

産後、想像を超える心身のつらさを経験。「自分らしさを取り戻して、もっと元気な体と心で子育てしたい」と’09年マドレボニータの産後ケア教室を受講したことをきっかけにインストラクターを志し、2011年デビュー。’13年春に三男を出産し、産後ケアの必要性をより強く実感している。夫と息子3人の5人家族。

小嶋 千恵

2018年〜

三姉妹の母。三女出産後に寝不足とイライラが続き、心身共に疲れ果てていた時、藁をもすがる思いで産後ケア教室に申し込む。産後は根性でどうにかなる!!と思っていたがどうにもならない体と心。教室で「産後に必要なのは根性ではなく、体力!」ということを知り感動し、インストラクターになることを決意。

2008年〜

結婚を機に産前・産後の身体について勉強を始めマドレボニータと出会う。'08年認定インストラクターとなり現在は千葉市と長生郡睦沢町で産後ケア教室とマタニティケア教室を開催。自治体主催講座、産院協働クラスも担当。妊娠・出産前からの産後ケアの周知を目指し、千葉県で普及に努めている。

2007年〜

出産後、回復しない体と心に翻弄される日々を過ごしていたが、マドレボニータを知り、地元の京葉エリアにも広めたいと一念発起。'07年に産後セルフケアインストラクターとなる。千葉県と東京都で「産後ケア教室」を開催中。各地自治体の講座や産婦人科の講座も担当。一男一女、二児の母。

2007年〜

第一子出産後、慣れない育児による緊張、寝不足、母乳トラブルが精神的な不調も引き起こし入院。どうにかやり過ごす中で出会ったマドレボニータの「産後はダイエットではなくリハビリ」の言葉に共感。同じように苦しむ妊産婦を増やすまい!と’07年より活動スタート。カップル、妊婦向けの講座やダンス講座も担当。インストラクター養成講師も務める。

2016年〜

2015年、第一子出産後にマドレボニータの産後ケア教室に参加し、健全な子育ても母の心身の健康が土台にあることを身をもって感じる。その後、自身のキャリアを再考し勤めていた企業を退職。「産後ケア普及」に取り組むため産後セルフケアインストラクターとなる。東京都三鷹を中心に活動中。息子と夫と3人家族。好きなものはチョコとももクロと温泉。

2004年〜

第2子出産後に「産後ケア」の社会的な必要性を感じていたところ、マドレボニータに出会う。‘04年3月よりインストラクターとして活動を開始。’09年より『NECワーキングマザーサロン』プロジェクトリーダーを務める。地元・品川区では子育て相互支援グループ『子育て仲間*はらっぱ』を運営。産前産後からの仲間や地域とのつながりを目指して活動中。

2018年〜

’13年、’16年に出産。産後、体と環境のあまりの変化にへこんだり、母親としての役割像に押しつぶされそうになったりと暗い日々を送っていたところ、産後ケア教室に出会い、取り組み型の産後ケアプログラムに感動。「母が元気になると、家族も、社会も元気になる」マドレボニータのこの考えに共感して、インストラクターになることを決意。

2008年〜

ハードな産後の体験から、母となった女性の心と身体の健康は育児・家族生活の最低条件との思いを強くし、2008年パートナーの転勤先の沖縄県那覇市に在住時にマドレボニータ認定インストラクターになる。大田区近郊で「産後ケア教室」を開催中。家族4人暮らし。2度の不妊治療・高齢出産を経て2児の育児中。

2017年〜

第一子出産後、夫婦で「三歳児神話」を信じ、三歳までは母親の手で~を目指すも産後7か月で限界に。「虐待してしまうかもしれない」という危機感から保育園に預け、コンビニ店員として働く。その後第二子、第三子を出産、自分の役目は終わった。家族のために脇役に徹しようと思っていた時にマドレボニータを知り自分の人生と働き方を模索。'17年にボールエクササイズ指導士、18年に産後セルフケアインストラクターに。

2009年〜

ピラティス講師として活躍していたが、妊娠を機に活動休止を余儀なくされる。そんな最中にマドレボニータと出会い、出産前後の女性に心身のケアが必要であることを実感すると共に、まだ社会では認識されていない問題であることも知る。' 09年認定インストラクターとなり、産院クラスも担当する。

2004年〜

第1子出産後に産後うつを経験。マドレボニータの産後プログラムに出合い、運動したこととパートナーと対話を重ねたことで回復。産後ケア、パートナーシップの必要性を感じ、インストラクターに。産後ケア教室、マタニティケア教室、産院協働クラス、父親学級、両親学級、祖父母向け産後サポート講座、大学生向け産後講座を開催。著書『産褥記1~3』(マドレブックス刊)、『産褥記』(KADOKAWA刊)

2007年〜

幼少時代にバトントワリング、大学時代にフラメンコと出会い、踊る楽しさをおぼえ今に至る。大学卒業後、電機メーカーにて宣伝広報業務を担当。結婚を機に退社し、2007年11月マドレボニータ認定「産後セルフケアインストラクター」に。2008年1月より活動開始。

2008年〜

'02年ブラジルで長男を出産。産後の不調の解消法を探す中でマドレボニータを知り、1年半に渡り通信講座を国際受講。'06年に日本に帰国し長女を出産、産後ケア教室に参加する。2008年にインストラクターデビュー。2008〜2011年川崎市、横浜市を中心に活動。2010年に次男を出産。その後鎌倉へ転居し2011年〜2014年鎌倉市を中心に活動。2015年5月第4子出産。

2011年〜

第1子出産後、自分の生き方、働き方が見えなくなる。第2子出産後、体力の低下と夫婦関係に悩み、産後ケア教室に参加。心身の回復によって、自分の人生を愉しめるようになった経験から、'11年認定インストラクターになる。'13年新潟県長岡市に転居。新潟に産後ケアを広めるという夢を実現するために活動中。夫・長男(8歳)・次男(5歳)の4人家族。

2016年〜

​'14年、転勤族のパートナーとの結婚を機に勤めていた企業を退職、妊娠。「転勤族の妻」かつ「母」であることで、自身のキャリアの選択肢が狭まることを痛感し、葛藤。’15年4月、福井に転居。同年6月に娘を出産。自身の辛かった経験を生かして、福井・北陸の産後女性にもマドレボニータの産後ケアを届けたい!と思い、インストラクターを志す。

2010年〜

’05年に第一子出産、心身ともに大変な産後を経験。体の不調を改善しようと模索中にマドレボニータに出会う。産後ケアを岐阜にも広めたいと、’10年産後セルフケアインストラクターとなる。’13年春、待望の第2子出産。驚くほど穏やかな産前・産後を過ごしたことで、産前・産後ケアの必要性を再確認、さらに仕事にやりがいを感じている。

2016年〜

大学卒業後に勤めた企業で多くのワーキングマザーに出会い、「産後」に関心を持つ。マドレボニータを知り、NECワーキングマザーサロンプロジェクトに参画。進行役を努めることで、産後ケアを沢山の女性へ伝えていきたい思いが強くなる。結婚を機に産後セルフケアインストラクターへ転身。2016年11月に東京都墨田区押上に教室を開講。

2016年〜

第1子出産後、辛い産後から「自分の体はおかしくなってしまったんだ」とショックを受け、自信をなくしていたが、第2子妊娠中に吉岡の著書と出会い、「出産はピンチではなくチャンス」という言葉に衝撃を受ける。NECワーキングマザーサロン第7期の進行役を経て、2016年、産後セルフケアインストラクターとして静岡県島田市でデビュー。

長野 奈美

2017年〜

'10年、13年、16年に出産、三姉妹の母。次女の産後にマドレボニータの産後ケアプログラムに出会い「いつの日かインストラクターに」の思いを抱き続け、三女産後の17年に養成コースに挑戦。体力が回復することで、「母であることを言い訳せずに自分の人生をもっと楽しむことができる」と実感中!​産後のバランスボール平針教室・赤池教室も開催。

2017年〜

助産師として総合病院の産婦人科で勤務。2児の出産を機に、地域での助産師の活動を始める。体力を取り戻すことで、母となっても力を発揮できる世の中にしたい!と助産師の仕事を続けながらインストラクターを目指す。産後のバランスボール桑名教室も開催中。

2018年〜

助産師として働くこと約20年、多岐にわたる現場を経験。育児はとにかく体力勝負だが、産後の女性は筋力が衰えていて医療機関でできる産後ケアだけでは不十分だと感じていたところにマドレボニータの産後ケア教室と出会い、関西初の産後セルフケアインストラクターを目指す。

佐橋 真希

2015年〜 

転勤族の夫との結婚を期に退職し愛知から山口、そして三重へ。二度の出産で「産後うつ傾向」になり、母となったからこそ心と体のケアが必要と痛感する。三重県に産後ケア教室がないなら自分がやろう!と決断し認定インストラクターを目指す。第6期NECワーキングマザーサロン進行役。

2016年より休業

2007年〜

'03年初めての出産を経て、産後に女性がたどる心身の変化に深い興味を抱き、マドレボニータの門戸を叩く。'07年、当時在住していた沖縄で地方初の認定インストラクターに。'10より再び東京在住。インストラクター養成コースも担当。

2018年9月より休業

2004年〜

第1子出産後に心身の不調を感じていたところ、産後ケア教室の存在を知り、板橋区から下北沢教室まで通う。「出産した女性が、自分の住む地域で産後のリハビリ、仲間づくりに取り組めるように」と、’04年5月よりインストラクターとして活動を開始。

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ボールエクササイズ指導士

 

2016年〜

第1子の妊娠15週で多発性子宮筋腫の変成痛と切迫早産を煩い、10日間のMFICUと3ヶ月半の入院生活を経験。思い描いていたマタニティライフとは程遠い長期の入院生活で、母としての今後の人生に向き合うことになる。そしてやりがいある建築デザインの仕事を続けながら、インストラクターになる事を決意。平日は会社員、土日をメインにボールエクササイズ指導士として活動。

2017年〜

長年フィットネスインストラクターとしてキャリアを積んできたが、自身の産後に苦しい経験をした後悔から、「娘たちの世代にはそんな思いをして欲しくない」との願いでボールエクササイズ指導士となる。地元鹿嶋市で産後ケアを広めるべく活動中。

鹿嶋教室

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